全国自治体初の韓国語教育

「市立中学校で中・韓国語教育」「京丹後市が特区申請へ」との見出し(東京新聞4日夕刊)。


京都府京丹後市が市立中学校で2005年度から中国語と韓国語を教える構造改革特区を国に申請する方針を決めたとのこと。
韓国語の授業導入は全国の自治体で初めてだそうで、もしこれが実現されれば画期的なことだ。丹後半島が韓国に近い(?)ということもあって、狙いは韓国と国際交流ができる人材を育成することにあるという。
ただし英語も第一外国語として学習するというから、中学生が忙しくなりそう。高校・大学受験ということを考えると、韓国語をやる暇があるのだろうか。ちょっと罪作りな気がしないでもない。
でも、その反面、日本人として韓国語は是非とも学ぶべきだとも思うし、京丹後市の考え方には賛成したい。英語は重要だが、韓国語もまた重要である。大体がお隣の国の言葉がわからないのは変だ。頭の柔らかい中学生なら、ハングルはすぐに習得できるだろう。
頭の堅い大人になってしまうと、あの丸とか棒の仕組みが複雑に感じられ、発音も覚えるのに一苦労する。
地方から国への発信という意味でも、京丹後市を応援したくなった。
ちなみに京丹後市は今年の4月に丹後半島の6町が合併してできた市である。


京丹後市役所HP
  http://www.city.kyotango.kyoto.jp/tango/appmanager/kyotango/citizen

ハンセン病問題を考える

yuzai2004-10-02

tongtong氏と国立ハンセン病療養所多磨全生園並びに高松宮ハンセン病資料館へ。

「地下社会」に関心のある者、あるいは僕自身が「地下社会」にどっぷりと浸かっている人間として、ハンセン病問題という事象もまたこの世で生きることの理不尽を認識させる一つの要素であると再確認する。現実にハンセン病元患者も世の中の偏見や差別と戦ってきた。今や、彼らの大半が老年である。過ぎた日々はもう取り戻せないのだ。そのことを思うと、ネガティブかもしれないが世の中はやはり理不尽にできていると感じざるを得ない。そして残念ながら今でも偏見や差別は続いている。回復者の社会への交流に対する世の中の目はいまだに未学習である。
自分もまた、ハンセン病に関して知識はない。わからないことだらけだ。でも資料館でハンセン病の歴史を目の辺りにし学習することで、自分の中で「偏見はない」という自信は強固になったと思う。

ハンセン病リンク集(随時更新中)
 http://www.eonet.ne.jp/~libell/main.html

メラビアンの法則は「嘘」

会社で営業マンの応援HPを作っているのだが、その中で有名な「メラビアンの法則」について取り上げようと思って、今日調べてみた。そして面白いサイトを見つけた。

反社会学講座 第9回 ひきこもりのためのビジネスマナー講座
 http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson9.html

このサイトによれば、メラビアンの法則は都市伝説の一つであり、メラビアン自身も、「この実験結果を日常のコミュニケーションに適用することはできない」と認めているそうな。

法則を発見したメラビアンもスゴイけれど、それを変な方向に理解し広めてしまった研修屋氏もある意味でスゴイと思う。そして、さらにスゴイのがそれに納得する民衆・・・。
これだけビジネス界、世間一般に広がっているモノが「嘘」だったとはね。でもある程度、懐疑的で異論を唱えることができるとは思っていたけれど。
この講座、特に聴覚障害を持つ人間にとってはキツイのでは、とも考えた。

反社会学講座」は本にもなっていて、書店の目立つコーナーに置かれてあり、気になっていたのではあるが、これを機に読んでみようと思う。

これ、朝礼のネタに使おうっと。

賽の河原散策

yuzai2004-09-26

18日、佐渡へ小旅行に出る。

tongtong氏の文(id:tongtong:20040910)に触発されて、思うところがあって急に佐渡へ行くことになった。佐渡は以前からずっと行きたいと思っていた場所であった。
佐渡と言えば、自分の中で、金山の島、江戸時代までの流人の島、うらぶれた人が行く島という、どちらかというとダーティなイメージを成していた。今まで読んでは見聞きしてきた佐渡も、死に場所を探しにやってきたなどという、悲しいものばかりである。
そして自分が佐渡へ行った目的の一つは「賽の河原」であった。


新潟港からジェットフォイル両津港まで1時間。フェリーのゆったりした速度と違い、こちらは時速80キロの船。さすがに速い。あっという間に着いてしまったという感じである。
島に着くやいなや、レンタカーを借りる。1日で8千円ときた。安いな〜。そのレンタカー屋で尖閣湾近くの民宿の予約を済ませて、最北端目指して車を走らせる。右は透明度の高い海、左は険しい崖という風景が延々と続く。両津港から最北端まで約33kmであるが、その間、窓を開けて潮風を浴びながら突っ走る。気持ちいいったらありやしない。他に走る車は皆無だから、道路を独り占めしているようなものだ。
空は明るいけれど、やはりイメージどおりの島である。民家はあるにもかかわらず、人が住んでいるという気配すらしない。道路には人一人として現れない。これが鈍色の空覆う寒い季節だったら、さぞ荒涼とした風景になるに違いない。雪が降っているときに走ってみたい、そう思った。
ニツ亀を過ぎて、願(ねがい)という場所に着く。道路を下ったところにあり、海岸沿いの小さな集落という感じである。車をバスの停留所近くに止めて歩くことにする。ところどころに古ぼけた民家が点在している。これが人の住む家なのだろうか?まるで廃墟のごとく家に穴があいたりしている。もちろんしっかりした家もあるが、悲しい気分になってくる。
海に沿ってまっすぐ歩いていると、割烹着をきた老女に出会う。挨拶をして「賽の河原はどちらですか?」と尋ねた。「そこのコンクリート道をまっすぐ行けばあるよ」と言われた。その後はとりとめもない話をして別れ、僕は目的に向かった。コンクリート道が終わると、あとは大小の石ころの道が続く。途中、崖あり坂ありでまことに歩きづらい。しかも道が入り組んでいてクネクネしているから、何処へ向かっているのか皆目がつかない気分になる。また、ところどころに生えている枯れ木にまるで冥土へ向かう道を示しているような気分にさせられた。
5分は歩いただろうか、断崖にぽっかりと開いた洞窟に「賽の河原」はあった。外側は小さな石をいくつも重ねた塚があり、その隙間に小さな白い無数の地蔵が張り付いている。そして洞窟の中は風車や人形や赤ん坊の体を成した地蔵や、「水子地蔵菩薩」と書かれたお札でびっしりと埋まっていた。
誠に異様な光景である。しかもそこにいるのは自分一人であり夕方ということもあって、、すぐに戻りたい衝動にかられたが踏みとどまってしばらく観察を続けた。
水子とは幼くして死んだ子供を意味するが、この「賽の河原」はその水子を供養する場であり、水子の魂がさまよっていると言われている。ここに来れば、自分の子供に会えるという言い伝えがあり、その役をこなすのが水子地蔵菩薩というわけだ。昔はここに来るには、母親たちは舟に乗ってきたとか。
願まで戻り、くだんの老女に再び会って、以上のようなことを訊いてきた。

だが実際は違う―というか、ここに一つの伝説がある。

水子の魂がさまよっているのではなく、母親たちの怨念のようなものがさまよっているというのだ。つまり、幼くして死んだ子供は親を悲しませる親不孝者だということである。
賽の河原地蔵和讃(http://kupo.hp.infoseek.co.jp/wasan.html)にも唄われているが、水子には次の三つの罪があるという。
一つは、胎内にいる時に、母親を苦しめて、腹を痛めつけてまで生ませた罪。
二つは、親に全く孝行しないで先立った罪。
三つは、残された親に悲嘆の涙を流させる罪
詳細は文献に譲るが、誠におぞましい世界だと思う。これは水子の思惑とは全く逆のものである。どちらが正しいのかはそれは宗教界が決めるべきことなのだろう。
なお、この伝説をくだんの老女に訊いてみたが、「知らない」と一蹴されてしまった。その老女ははるか昔から願に住んでいるというから、知らないはずはないとは思うのだが、変に突っ込むこともなかろうとも思い、そのまま流した。

もう一つ興味深い伝説がある。

森鴎外の「山椒大夫」に出てくる、安寿と厨子王の話は有名であるが、その厨子王の母は盲目であった。尖閣湾近くの達者という町で流れている清水で目を洗ったら治ったという伝説である。現在は「目洗い地蔵」で祭られているが、その傍らには小屋があり、記帳ノートがあった。僕はこの類のものが好きで、よくコメントを書いたりする。今回は「全ての目が見えない人に光を!全ての耳が聞こえない人に音を!」と書いたのだが・・・自分では心の底からそう願ったのだが、おかしいだろうか。
ちなみに「たっしゃでな」という日本語はこの達者という地名に由来しているそうである。


話はここまでにするが、佐渡民俗学、民話、伝説の宝庫といっていいだろう。なにやら険しい話が多いけれど、それでも僕はまた足を運んでみたいと思った。今度は雪の降る季節に行って、感傷にふけりたい。

華氏911

11日、新宿へ。
新宿の街を歩くのは実に久し振りだったが、人の多さには閉口した。都会人である自分が言うのも何だが、あれだけ周りに歩く人がうじゃうじゃいるとどうも息がつまりそうになる。自分が歳をとった証左の一つなのだろうか。


映画「華氏911」を観た。くしくも同じ9月11日である。

今をときめくムーア監督の映画であるが、前作の「ボウリング・フォー・コロンバイン」がアメリカの銃社会の風刺したものであるなら、今回はブッシュ大統領批判のドキュメンタリーといったところか。「ボウリング・フォー・コロンバイン」と同じように次から次へと速いテンポで、これでもかこれでもかと衝撃的かつ視点の鋭い映像が続く。字幕も矢継ぎ早に出てくるが、しかしそれがムーア映画の特徴でもあり、妙に心地が良い。
話は2000年の米大統領選から始まる。そしてブッシュ大統領の就任。一番驚いたのは、就任から翌2001年9月11日まで、4割が休暇であったこと。実際にゴルフや釣りをしているブッシュ大統領の映像が流れる。
さらに印象的だったのは、9月11日のテロ発生時、大統領が学校で子供に本を読んで聞かせているシーン。政府関係者(ボディガード?)がテロ発生の旨を耳打ちしたにもかかわらず、その後何もリアクションがなかった。もし自分だったらどうしただろうと考えた。あるいは小泉首相シラク大統領やプーチン大統領だったら・・と。あの決して短くない時間の流れている間、ブッシュ大統領の脳裏にあったものは何だったのだろうか。
そして事態は、史実どおり、アルカイダイスラム原理主義政権タリバンへの空爆愛国者法制定、2003年にはバクダッド侵攻からイラク戦争へと深みにはまってゆく。
その間、ムーア監督が集めた映像によれば、いかにブッシュ大統領が独裁的に戦争を始めていったかがよくわかる。ややムーア監督特有の偏り過ぎ感はあるけれど、ブッシュ大統領が「アメリカは正義の国」、「イラク大量破壊兵器を開発している」「サダム・フセインは恐い」などとアメリカの大衆に対して演説、団結を求めたのは事実である。自らのカリスマを利用して政府首脳をも説き伏せたのだから、それは「お見事」としか言いようがない。
だが当然のことながら、ブッシュ大統領に対して反発する者も出てくる。ムーア監督もしかりだが、それは兵士の中にもいるし、息子を戦争で無くした家族もその悲しみをさらけ出して登場する。
政府の絶大な権限で個人情報を収集することを認めた愛国者法を、ワゴン車に乗って実際に読んでゆくムーア監督の姿勢には恐れいる。さすがである。彼はまた議員に「自分のご子息を戦場に送ったらどうです?」とロビーもする。
イラクへ行ったかの日本人が人質にされたビデオも写る。
それにしても、よくこれだけの映像を集めたものだ。ムーア監督の独特の手法と言っていいし、ドキュメンタリー映画界に新風を巻き起こしたのではなかろうか。「ボウリング・フォー・コロンバイン」にしてもそうだが、こうすることでアメリカという国が抱えているモノが何かが実に良く理解できる。
次はアメリカの「暴力性」について、映画を作って欲しいものだ。銃社会、戦争とも関連するが、なぜアメリカはこうも「前へ出る」国なのかを考えさせる映画ができたらいいなと思う。

中絶胎児不法遺棄疑惑 VOL.4

「十二週未満中絶胎児の処理は感染性廃棄物扱い」との見出し(9日の東京新聞横浜版)。


そう環境省が神奈川県警に見解を示したとのこと。環境省がどういう過程で感染性廃棄物として扱うことができると判断したかは知る由もないが、まあ、これが世間一般的に言っても妥当な判断だと、自分も思う。へたに一般ゴミとして捨ててもいいといういうことになってしまったら、それこそ気でも狂ったかと抗議が殺到したに違いない。
で、県警は改めて産婦人科元院長を廃棄物処理法違反容疑で捜査できるわけだが、あとは廃棄物処理業者に対する通知の不作為に違法性を問うということだろう。ここまで来れば事件は終結に近い。
しかし、法律の不備はどうなるのだろうか。今回の事件が感染性廃棄物として扱うことができるという前例になるとしても、やはり不備は免れない。きちんと法の明確性に関して何らかのアクションはあってしかるべきだ。
問題は廃棄物処理法だけではない。最近、社会問題化している温泉問題にしてもそうだ。元はと言えば、これも元締めである温泉法ザル法であったからこれだけの騒ぎになったのだ。
法の曖昧さや不備性は太古の昔から存在していて、完全な基準化というのは難しいのかもしれないけれども、こうした事件や事柄にはやはり対応してゆかねばならない。時代にも合わせるべきだ。そういう意味で法は生き物とも言えるのであり、だからこそ、また刑法や少年法も改正されつつある。
では憲法はどうするのか。個人的に理想としては護憲を唱えたい。今、憲法の書物を読んでいるが、9条はもちろん基本的人権に関して、その内容は実に素晴らしい。よく言われることであるが、日本国憲法を世界に輸出することができたら、どんなに素晴らしいことか。
しかし、憲法もまた法である。法は生き物であるという性格からして、いつまでも不変であることはできないと思う。基本的人権に関しては変える必要はないだろうが、特に統治機構に関しては時代に合わせるべきだろう。今の政治システムはおおよそが憲法にのっとっており、そもそも憲法が変わらなければ戦後から続く政治システムも変わりようがないのである。政治システムを変えようと思ったら、憲法も変えなければ根本的なところでは何も変わらない。


おっと、また話が脱線した。長くなるのでこの辺にしておこうっと。

灰色の連鎖

8月1日の日記に関連して、自分自身の問題として、今少し具体的に述べてみたい。


▼テレビ編

<バラエティ>

最近のバラエティは字幕があるからわかりやすいが、字幕が出てこなければ、そこで発生させる音声はただの雑音でしかない。

<対談・鼎談・数人の議論>

テレビカメラが発言者の顔をアップしていれば、不完全ながらも理解できる。その点、「朝まで生テレビ」はさすが技術が優れていると思う。田原総一郎の仕切りが上手いこともある。逆に「TVタックル」は理解までゆかないことが多い。たぶん雑談っぽいところがあるからだろう。

<ニュース>

キャスターによる。でもさすがにプロのアナウンサーである。言葉の使い方がはっきりしていてわかりやすい。今はキャスターではないが、草野仁が一番わかりやすい。「報道ステーション」の、古館一郎の隣のコメンテーターはもっとコメンテーターとして勉強すべき。何を言っているのか全然わからん。

トーク番組>

雑談のようなものはお手上げ。「徹子の部屋」は、黒柳徹子が早口にもかかわらず、よく聞いていればわかる。意外にきちんとしゃべっている。

<ドラマ>

特に長いせりふは理解不能。やはりあれも通常の雑談的なものと変わらないからだろうか。視覚的な流れでストーリーを把握するしかない。

<日本語吹き替えの外国映画>

全くもって理解不能。唇の動きと合っていないので、ドラマより始末が悪い。よって全然見ていない。


▼個人(有名人)編

ビートたけし→理解不能の最右翼。何度耳を傾けてもわかった試しがない。日本語話している?
小沢一郎→一番よくわかる。政治家には珍しいタイプ。石破茂もわかりやすい。




前掲「中途失聴者と難聴者の世界」には、社会学者・宮台真司の基礎となっている、社会学者・ルーマンの話が少しだけ載っていた。
社会システム理論によると、後続のコミュニケーションは先述のコミュニケーションのありかたによって決まるそうである。
中途失聴者と難聴者の世界」の著者は、断片的な情報しか受け取れない中失・難聴者のコミュニケーションは、理解の歪みから予期せぬ方向に流れていきがちであると述べる。
自分の身に置いてみると、上記のようなテレビからの情報もまた断片的なのだ。そうすると、その理解の歪みがまた理解の歪みにつながっていくという悪循環になる。
最近、職場でも人間関係を築く上でもきつくなってきている(昔からそうだけれど)。ある物事に対する自分の理解が、後になって実は間違って理解されていたということが出てくることがある。普通なら中堅社員としてあってはならないことであるが、障害を持っている自分でも精神的にダメージがのしかかってくる。
ちょっと恐い。自分の将来が不安になってきた。今のうちに対策を考えておかねばならない。