外人墓地散策

yuzai2004-07-18

横浜の外人墓地といえば、山手町にあるものが有名であるが、他の場所にも外人墓地はある。山元町近くの「南京墓地」(地蔵王廟)、JR根岸線山手駅近くにある「根岸外人墓地」、保土ヶ谷区狩場町にある「英連邦戦死者墓地」である。
これは内田康夫著「横浜殺人事件」を読んで初めて知ったことだが、今日は保土ヶ谷の「英連邦戦死者墓地」に行ってみた。
律儀にも横浜駅からJR横須賀線に乗って、保土ヶ谷駅で降りた。東口を出ると、相変わらず目の前にマンモス公団住宅がそびえ立っていた。たまに来る人間を圧倒させる建物ではある。
その公団沿いに並んでいるバス停から「児童遊園地行き」のバスに乗る。揺られて約10分、当該停留所に着く。そこから坂を永田台方面に徒歩で下ると、左に墓地の門がある。
門を入って通りを歩いて行くと、左に小さな物置小屋のような石室が佇んでいた。その入り口で、「VISITORS BOOK」と書かれたプレートを見つけた。「はは〜ん。訪問署名簿が中にあるんだな」と思いながらも、中に入った。
正面の台上にノートとペンが置いてある。ノートを開いてみると、項目が「日付」と「氏名」と「住所」と「コメント」だった。過去の訪問者のコメントを見ると、「芝生が美しい」、「戦争がなくなりますように」とか、そういうのが多かった。
もちろん、自分も署名するつもりだったので、帰りにつけることにした。
墓地は休日にもかかわらず、訪れる人が少なかった。始めに老婦人二人と、奥の方で中年夫婦に会っただけだった。そりゃそうだろうなと思った。このような場所に来るなんて、よっぽどの文化人か変人だろう。
面積はかなり広い。辺り一面の芝生の上に小さな墓標がまるで軍隊の整列のごとく点在している。ただそれだけだった。墓標はその一面だけではなく、その他に一面、向こうに一面という感じで整列されていた。おそらく国ごとに区分けされているのだろう。イギリス、ニュージーランド、インドなどと書かれた碑があった。なお、後で知ったことだが、英連邦とはイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド南アフリカ、インド、パキスタンなどだそうである。そしてアメリカの戦没者も葬られているという。
芝生は墓参者以外は入るな、との注意書きがしてあったが、ちょっとだけ入って歩いてしまった。入るなと書かれていたら入りたくなるのが人間である。そして墓標の字を失敬した。無論何て書いてあるのかはわからないが、当然のことながら人名だろう。その横に「26」という数字があった。これはおそらく亡くなった年齢に違いない。若くして戦争で亡くなった人も沢山いるんだろうなと考えると、やりきれない思いで胸が一杯になった。先ほど見たノートのコメントの意味がわかるような気がした。本当だよな、戦争ほどばかばかしいものはないと思うよ。
また芝生だけでなく、植林も素晴らしい。お見事の一言に尽きる。かってこのような天国のような場所を見たことがあるだろうかと思ったくらいだ。ゴミゴミとした墓地がほとんどを占める中で、このような場所に葬られている人たちこそ幸せなのかもしれない、と思ったりもした。
帰りには、もちろんノートに署名をした。コメントは「山手の外人墓地とは違う何かを感じました」と入れた。

非常に有意義のある散策だった。今度は南京墓地と根岸外人墓地に行こうと思う。